東京高等裁判所 昭和39年(ネ)2931号 判決
まず本件預金の権利者が預金にかかる金員の所有者たる公団である旨の主張について判断する。
(1) 証拠を総合すると、次の事実が認められる。
昭和二四年八月ころ公団経理局次長心得兼同局資金課長であつた藤野時雄は訴外北海特産株式会社に対する魚粕購入前渡金のこげつきや、自己の不始末で生じた債務の弁済などのため約二〇〇万円を入手する必要に迫られこれに苦慮していたところ、右訴外会社の専務取締役梶山親武の紹介で、たまたま製氷冷蔵工場の建設資金調達のため上京滞在中の協同水産株式会社(本店所在地・宮城県気仙沼市)代表取締役である前記訴外長谷川光男を知るにいたり、間もなく同人の発意で、公団の公金を市中銀行に預金することによつて得られる謝礼金や手形割引による利益金の一部をもつて前記北海特産株式会社のこげつき問題を解決し、残余は藤野の機密費など、および長谷川の事業資金にあてようとする旨の相談がまとまり、訴外慶和産業株式会社取締役青木辰雄の仲介によつて、同年同月三〇日ころ公団の公金一、五〇〇万円を第一信託銀行本店に公団名義で預金し、さらにこれを引き出して同年九月六日ころ金二、〇〇〇万円を千代田銀行(後に商号を三菱銀行と変更)番町支店に藤野時雄名義で預金したが、いずれも所期の目的を達することができなかつた。ついで翌七月ころ訴外長谷川は藤野時雄に対し、「被控訴銀行新橋支店長は話をのみ込んでいるし、仲に立つ有力者もいるから今度は大丈夫だ。自分が話を進めている関係から、公団の名を出すとまずいので、今回は自分の名義で預けさせて貰いたい」旨の申し出をしたところ、藤野としては前記計画の実現性に疑惑をいだき、また長谷川の個人名義で公団の公金を預金するのに一抹の不安を感じないではなかつたが、上半期の決算のある九月末日までは自分の一存で資金のやりくりをすることができ、なお長谷川より「謝礼として一五〇万円ないし二〇〇万円を渡す」との確約もあつたので、「預金名義を長谷川とするのは短期間とし、かつ、預金通帳および同人の印鑑は必ず藤野に渡す」との条件で、長谷川の右申入れを承諾し、局長その他の上役の決裁を経ることなく、独断で同年九月八日公団の公金二、〇〇〇万円を控訴人主張の第一預手をもつて被控訴銀行新橋支店に長谷川光男名義で普通預金として預け入れた。ところが、その直後、藤野が右預金の事実を直接の上役たる公団経理局長大沢助次に報告したところ、同人より右措置を叱責されるとともに、右預金を早急に大沢助次名義に変更すべき旨を命ぜられたので、藤野は訴外長谷川をして被控訴銀行新橋支店に右名義変更方の交渉をさせたが、そのときまでに長谷川はすでに同支店より前記預金を担保として金一、九七〇万円余を借り受けてしまつていいたため、同支店ではもとより名義変更の申出を拒絶した。そのため、訴外長谷川、同藤野の両名はさらに相謀り、新たに公団の公金二、〇〇〇万円を大沢助次名義で預金し、前記長谷川名義の預金を大沢名義に変更したように装つて事態をひとまず糊塗しようと企て、藤野は同年同月一三日訴外大沢助次から預つた同人の印鑑を長谷川に交付し、同人をして公団の公金二、〇〇〇万円を控訴人主張の第二預手により被控訴銀行新橋支店に大沢助次名義で普通預金として本件預金をさせた。ついで同年同月一五日ころ、訴外長谷川は本件預金のさいに使用した訴外大沢の印鑑の印影を利用して偽造した印鑑を用い、本件預金を担保として、大沢助次名義で被控訴銀行新橋支店から金二、〇〇〇万円を借受け、これをもつて前記第一預手による長谷川名義の預金の担保を清算解除し、同預金の払戻しを受けてこれを藤野に返済した。右両度にわたる預金に際し、訴外長谷川は被控訴銀行新橋支店長永井建郎に対し、右金員は、「団体の金」、「自分の先輩から一切を任せられた自由な団体の金」もしくは「おやじの金」である旨、また大沢助次はおやじの名前である旨説明していた。しかし、公団は従来、被控訴銀行新橋支店とは何らの取引関係がなく、永井は大沢助次が公団の経理局長の地位にあることは知つておらず、また大沢助次および藤野時雄とは相互にまつたく面識がなかつた。
(2) 控訴人は、被控訴銀行新橋支店長永井建郎は本件預金にかかる金員が公団の金員であり、真の預金者が公団であることを知つたうえで預つたものである旨主張し、原審および当審証人長谷川光男の各証言中には、同人が第一預手による預金に先立つ数日前、被控訴銀行新橋支店を訪れ前記永井支店長にはじめて面接し大口預金をする旨の話をしたとき、同支店長に対し、「飼料配給公団経理局次長」なる肩書を付した藤野時雄の名刺に、「預金の件に付長谷川氏とよく打合被下度」との記載のある紹介状を呈示交付し、同人の持参する金員の出所が公団であることを告げた旨の供述があり、右長谷川光男の各証言により真正に成立したと認める甲第二七号証(藤野時雄の肩書付名刺)には右に述べたとおりの記載がなされていることが認められる。しかしながら、右のうち長谷川光男の持参した金員が公団の金である旨を永井支店長に告げたとの供述部分は、前記(1)にあげた各証拠に対比するときはこれをたやすく措信することができず、またその余の供述部分が肯認され、かつ、前記甲第二七号証の一、二の存在をもつてしても、前記(1)にあげた各証拠(とりわけ公団の名を明らかにしたのでは各銀行が預金者に特別の便宜を供与せず、公団は従来被控訴銀行新橋支店とは取引関係がなく、永井支店長は公団の経理局長大沢助次、同局次長心得藤野時雄とまつたく認識がなかつたと認められる事実)に徴するときは、いまだ永井支店長において長谷川の持参し預入れた金員が公団の金員であつて、真の預金者が公団であることを認識して預け入れを受けたものと認定するのは困難であり他に控訴人の右主張を認めるに足る証拠はない。
控訴人はさらに、訴外長谷川が本件預金をするにあたり、該預金を公団のためにすることを明示しなかつたとしても、前記永井支店長は大沢助次が公団の経理局長であつて、本件預金が公団のためにされるものであることを確知したうえで預つたから、民法第一〇〇条但書の規定により直接本人たる公団に対し右預金の効果を生ずると主張するが、これを認めがたいことは前に説示したところによつて明らかである。
(3) 以上認定の事実によると、本件預金契約における預金の出所が公団であることは明らかであるが、公団は右預金契約の当事者たる地位になく、該契約は外形上は訴外大沢助次を預金者として訴外長谷川がその代理人として被控訴銀行との間に締結したものと認めるのが相当である。
してみれば、本件預金における権利者が公団であるとする控訴人の主張は、その余の点につき判断するまでもなく、理由なしとするほかはない。
(多田 上野 岡垣)